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実験医学 研究内容

研究テーマ:がんの微小環境に着目した適応機構の解明と進展予防法の確立

研究内容:1981年以来、悪性新生物は死因の第一位であり、死亡率や罹患率の減少と最終的ながん克服を目標とするためには、超高齢化社会に突入する現在において、より一層の努力と対策が急務です。これまでの基礎研究の集積によってがん本態の解明は進み、がんの発症、増殖、生存、進展機構において分子レベルでの理解が飛躍的に広がりました。多くの知見により、「がん細胞は難敵である」ということを再認識させられます。これからは、従来とは少し違った角度、視点からがん細胞と向き合い研究する必要性があるとも言えます。

がん細胞は、正常細胞とは全く異なる微小環境に囲まれて生存しています。また、多くの固形腫瘍の内部は細胞が急速に増殖するが故に代謝要求性が非常に高く、組織中心部は慢性的に低酸素/低栄養状態に陥っていることが分かっています。すなわち、がん細胞は特有の微小環境に耐えながらの生存及び進展を余儀なくされています。一方で、がん細胞の高度な増殖により必然的に生み出される低酸素・低栄養環境は、がん細胞の悪性形質獲得(浸潤・転移、血管新生など)にとって重要な因子であると理解されつつありますが、どのようなシグナル伝達機構により制御されているのかなど十分には解明されていません。
興味深いことに、がんの発生場所(がん組織部位)が異なったとしても、がん細胞は共通の表現型(悪性形質)を示します。つまり、がんの微小環境に着目することで、がんが何故共通の悪性形質を示すのかといった理解につながり、がんの進展を抑制させる手掛かりを得られるのではないかと考えています。


私たちの研究室では、上述の内容を踏まえ

  1. がん微小環境ストレスの適応と悪性形質獲得機序の解明
  2. 低栄養環境下におけるフリーラジカルの発生機序と酸化ストレス制御
  3. 足場非依存環境が惹起するがん細胞生存シグナルの解明

をメインテーマとしています。


がんの微小環境適応メカニズムを解明すべく、エネルギー代謝シグナル、酸化ストレス制御、オートファジーをキーワードとし、様々なシグナル伝達経路の関与を検討しています(図1参照)。

図1

がん細胞ががん細胞として生存していくためには、低酸素、低栄養、低pHといった過酷な環境(がん微小環境)に適応できる能力が必要です(図2 環境変化に適応するため形態を変化させたがん細胞、 図3 オートファジーを活性化し、低栄養環境に適応しているがん細胞)。微小環境に耐える生存戦略において、がん細胞はエネルギー恒常性を保つことや、酸化ストレスレベルを適切に管理することが最も重要になってきます。しかしながら、がん細胞にとって生存するだけでは不十分で、浸潤や転移をすることも求められます。

図2
図3

遠藤と大和田が中心となり、精力的に解析したところ、LKB1-AMPKシグナルの活性化がオートファジーによるエネルギーの恒常性維持やNRF2誘導による酸化ストレス応答において重要な役割を担うことを明らかにし、過酷な環境においてもがん細胞が生存出来るメカニズムの一端が分かってきました。加えて、驚くべきことに、その生存メカニズムを巧みに利用することで浸潤や転移に関わるMMP-9を誘導することを世界に先駆けて発見し、微小環境への適応こそが悪性化に繋がる要因であることを報告しました (Scientific Reports 2018)(図4 微小環境への適応が悪性化を獲得するメカニズムの模式図)

図4

それでは、微小環境適応機構を標的とすることは、進展予防や治療の標的になり得るでしょうか?AMPK依存的なオートファジーは、肝がん細胞の低酸素を模倣した環境への適応や、膵がん細胞のアポトーシス回避機構においても重要な役割を担っていることも見出しています(Anticancer Research 2017, Oncology Reports 2018)。このことから、オートファジーを破綻させることが微小環境特異的な治療法の一つになり得ることが期待されます。

がん細胞がさらされる「環境」に焦点を当て研究することは、がん研究のみならず環境と生体の相互作用を理解する基盤となるため、未来の予防医学研究を発展させていく上で重要な取り組みであると思っております。

私たちは、予防医学のマインドを持ってがんの微小環境と適応機構に着目した新規の「がん進展予防法の確立」を目指し、日々研究に取り組んでいます。

研究テーマ:Tokai High Avoider (THA) ラットを用いた高次脳機能へのアプローチ

研究内容:重田定義(現:東海大学医学部名誉教授)らが中心となり、Wistarラットを用いてレバー押し回避学習試験において高回避能力を示すphenotype(表現型)同士を選抜し、繰り返し兄妹交配を行うことで近交系を確立しました。素晴らしいことに、高回避能力のphenotypeは近交系の確立とともに受け継がれ、生得的に高回避能力を示すTokai High Avoider (THA) ラットの系統樹立に至りました (図1:THAラット樹立の流れ)

図1

THAラットは、微量化学物質曝露による中枢神経系の次世代影響を評価する目的で作成されました。従来の実験動物を用いた次世代の高次脳機能評価方法では、出生前の学習レベルは未知であり、かつ出生後の学習能力は個体差が大きいために、化学物質曝露による次世代の中枢神経系への影響を正確に評価することは不可能でした。一方、THA ラットはこのような問題を全て解決しているため、重金属 (Tokai J Exp Clin Med, 1986)、アルコール (Environ Health Prevent Med, 1996)、環境汚染物質(Industrial Health, 1986, Jpn J Clin Ecology, 2001)など微量曝露による次世代の学習機能への影響を初めて検出、解析を可能としてきました(図2参照)。これまでの研究結果から、THAラットは、生まれながらに高い学習能力(高回避能力)と安定した情動性を示すこと、並びに個体差が極めて小さい実験動物であることが証明されています。

図2

このようなモデル動物は、世界中でも非常に希有であり、単に「化学物質曝露のスクリーニング動物」として活用するだけにとどまらず、これからの「脳神経科学研究にとっても非常に有用なモデル動物」になりうると考えております。現在では(2019年2月現在)、125世代を超えており、THAラットの系統維持には多く方々のサポートがあったからこそ、今日まで一度も絶やすことなく管理し続けることが出来ています。

THAラットを用いた主な研究テーマは、

  1. THAラットの高学習能を規定する分子メカニズムの解明
  2. 子宮内環境と高次脳機能との分子連関
  3. 高学習能にとどまらないphenotypeの探索とその応用

私たちは、THAラットをバイオリソースとして活用するために胚移植と個体復元に関する研究を行いました。新しい発見として、レシピエントとする母体環境 (surrogate mother)がTHAラットの表現型に大きな影響を与えることが分かりました(図3 異なる学習能を示すレシピエントを用いたTHAラットの個体復元)。詳細は、Endo et al. BBRC 2017.をご参照下さい。この研究結果から、THAラットの高学習能力を支える要因は、遺伝的な要因のみならず非遺伝的要因(エピジェネティック)が重要であることが示唆されました。また、「子宮内環境が次世代の健やかな発育において大きな影響を与える」と考えられてきたように、DoHad仮説*を初めとする多くの先行研究を支持しているものと言えます。

図3

この研究で分かった重要なことは、健康な母体であってもTHAラットが必要とする母体環境でなければ、高学習能モデル動物としての表現型を十分に発揮できないということです。これは、THAラットを活用すれば、母体環境の僅かな変化さえも捉えることが出来ることを示唆しています。これからは、「次世代影響を高感度で検出するスクリーニング動物としての可能性」について研究を展開していきたいと考えています。

(*DoHad仮説:Developmental Origins of Health and Diseaseの略であり、「将来の健康影響や病気のかかりやすさは、胎児期や生後早期の環境の影響を強く受けて決定していく」という概念をいいます)。

THA ラットは、優に100世代を超える現在に至るまで、30年以上の長い時間をかけて進化というフィードバック機構を通して、高回避能力(高学習能力)を自身の個体情報に定着させてきました。THAラットの分子基盤に記述され、保存されてきたgeneticおよびnon-geneticな言語を紐解くことこそが、学習や記憶機構のような高次脳機能の本質を解明することに繋がると信じています(図4参照)。また、THA ラットは遺伝子改変に伴う代償作用は存在しないため、高次脳機能研究における新展開を可能にし、全く新しい視点からの精神・神経疾患に対する創薬の創出が期待されます。

図4

以上のように、THAラットは貴重な研究ツールとして無限の可能性を秘めており、衛生学や予防医学のみならず、様々な研究アプローチに活用することで医学研究を支えていきたいと思っております。

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